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奇蹟の記憶 後編

1992年の産経大阪杯で復帰を果たしたトウカイテイオーの鞍上には、父シンボリルドルフの主戦でもあった岡部幸雄の姿があった。
そして、直線で持ったまま圧勝すると、待望のヒーローの復帰に、しかも父と同じ鞍上での圧勝に人々は沸き上がった。

「地の果てまでも伸びていきそう」
と岡部は語った。
トウカイテイオー、古馬での初戦、初勝利。未だ無敗。

同じ頃、若き天才武豊を鞍上にメジロマックイーンも阪神大賞典を圧勝し、淀の3200での直接対決へと世間の盛り上がりは最高潮に達する。
無敗街道をひた走る史上最強馬の息子か、3000m以上では無敵の現役最強ステイヤーか。
岡部幸雄と武豊の対決も加わり、「世紀の対決」とマスコミもこの対戦を煽った。

僕もこの頃まではトウカイテイオーこそ最強馬だと信じて疑わなかったし、天皇賞・春はメジロマックイーンを破ってそれを証明する舞台だと考えていた。
ただ、真の帝王伝説がこれから始まり、それが僕たちが考えているストーリーとはかけ離れたものになるのとは、露ほどにも思っていなかった。

春の天皇賞でトウカイテイオーはメジロマックイーンに完敗する。
レース中にまたもや発生した骨折も少しは敗戦の言い訳にもなったが、でも、確かにこの時点で「帝王=最強馬」の幻想は打ち砕かれた。

僕はどうして良いのか分からなくなった。
まだ競馬を始めて1年強。初めて夢中になった馬が、初めて負けた。負けるところなど想像さえしたことがなかったから、すっかり打ちのめされてしまった。
しかも、また骨折だなんて…。

秋になり、比較的軽度の骨折だったトウカイテイオーは秋の天皇賞で復帰。しかし、惨敗を喫する。
そして、その次のジャパンカップで、当時最強メンバーと言われた外国馬相手に激走。ナチュラリズムを競り落として、復活の勝利を挙げる。
帝王 JC



やっぱり、この馬は強いんだ。
春の天皇賞はレース中の骨折、秋の天皇賞は骨折休養明け。万全の状態ならば、誰にも負けないんだ。
そうやって敗戦の原因を探り当てた僕の目の前に差し出されたのは、マイナス10kgのやせ細った体で、騎乗停止中の岡部に乗り替わった田原成貴を背に乗せ、そして11着と沈んだグランプリだった。

そしてまた、トウカイテイオーは骨折した。

オグリキャップというドラマティックなスターホースに巡り合って競馬に引きずり込まれ、その余韻も覚めやらぬうちに、今度はトウカイテイオーという波乱万丈の奇蹟的名馬に巡り合えたことは、僕の競馬人生の始まりとして(今ではとても良かったと思っているが)いささか強烈過ぎたのかも知れない。
競馬に夢を見て、トウカイテイオーはそんな僕の夢を好き放題に揺さぶった。
無敗街道を歩んだクラシック、古馬になってからの敗戦と勝利の、怪我と復帰の繰り返し。
上げては落とし、落としては上げるトウカイテイオーに振り回されて、僕はクラクラしていた。

1年という月日は、でも、そんな競馬初心者にとって立ち直るには十分な時間だった。競走馬の移り行きもまた、1年という時間の中で急速に進んでいた。
3歳クラシックはナリタタイシン、ウィニングチケット、ビワハヤヒデが凌ぎを削って3冠を分け合い、ベガが牝馬2冠に輝き、ライスシャワーは春の天皇賞でメジロマックイーンを打ち負かし、レガシーワールドは昨年帝王が買ったジャパンカップを日本馬連覇として飾った。

トウカイテイオーがいない1993年。
頭の片隅で、たまに雑誌などで報じられる休養リハビリ中の姿に思いを寄せながらも、僕はその年の競馬をそれなりに楽しんでいたのだ。でも、それはトウカイテイオーと歩んだ昨年のような、頭がクラクラするような体験ではなかった。
「それなりに」、僕は競馬を楽しんでいたのだ。
そして、のんびりと彼がターフに帰ってくるのを待っていた。
そう。のんびりと。

1993年12月26日。中山競馬場、グランプリ有馬記念。
1年振りにターフに姿を現したトウカイテイオーは、気持ち良さそうに返し馬で走っていた。
鞍上には去年と同じ、田原成貴。
でも、今年は岡部は騎乗停止中ではない。菊花賞を勝ち、この有馬記念でも1番人気に押されていた若きビワハヤヒデを岡部は選んだ。
1年振りにG1で、しかも有馬記念で復帰するトウカイテイオーよりも菊花賞馬を選ぶのは当然と言えば当然の選択。
でも、テイオーの復帰に心躍らせていたばかりの僕の心にも、わずかにさざ波は立った。
田原成貴の胸の内は、どうだったんだろう。
トウカイテイオーの、胸の内は…。

1年振りのグランプリで、しかも骨折休養明けで勝負になるなどとは思わなくなっていたくらい、僕は競馬を知り始めていた。
だから、競馬場にもウインズにも行かなかった。
付き合い始めた彼女に無理を言って、彼女の家でテレビを観ていた。

でも、やっぱりトウカイテイオーは僕をクラクラさせるのだ。
最後の直線でビワハヤヒデが先に抜け出した外側、グイグイと伸びるトウカイテイオー。
僕は目を見張って、座り直す。
岡部幸雄が必死で追うビワハヤヒデの横を、岡部よりももっと激しいアクションで手綱をしごく田原成貴とトウカイテイオーが抜き去ろうとする。
トウカイテイオーが抜け出した瞬間、ようやくそれに気付いた実況アナウンサーが絶叫する。
「ト、トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!1年振りの有馬記念!奇蹟の復活!!」
叫び終わったところが、ゴールだった。
トウカイテイオーは、1着でゴールした。

帝王 有馬記念



僕は叫びすぎて、やっぱりクラクラしていた。
涙がいつから溢れていたのか、覚えていない。
彼女が隣できょとんとした顔で驚いていた。

表彰式では、あの不遜な田原成貴が泣いていた。
「彼自身が掴んだ勝利です」
と、まるで田原成貴らしくない台詞を吐いて。

1994年も現役を続けたトウカイテイオーだったが、一度もレースに出ることはなく4度目の骨折によりターフを去った。

あれから15年も経ったのだ。
その間に一度だけ、僕は社台スタリオンステークスのトウカイテイオーに会いに行った。
相変わらずのマイペース振りで、優雅で気品に満ち溢れた帝王は、人間になど興味がないようだった。

夢もロマンも希望もドラマも教えてもらった。でも、競馬はそれだけでもないということも、教えてくれた。
でも、やっぱり僕は競馬にロマンを見て、彼の子供たちに夢を馳せ、そして、何と言ってもあの「クラクラ」する感じを求めて、困ったことに未だに競馬を続けている。

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