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Gift from Tachyon

フジキセキ、タヤスツヨシ、ジェニュインといった初年度産駒の衝撃から、サンデーサイレンスの血は毎年のように、当たり前のように、日本競馬界を席巻していた。
初年度でタヤスツヨシが早くもダービーを制した後も、スペシャルウィーク、アドマイヤベガがダービー馬となり、アグネスフライトは河内洋を悲願のダービージョッキーに導いた。
それでも僕たちはフジキセキの衝撃が忘れられず、彼こそがサンデーサイレンスの最高傑作だと信じ切っていた。

アグネスフライトがダービーを制した頃、牧場で早くも評判になっていたのが彼の全弟、のちのアグネスタキオンだった。
兄よりも雄大な馬格からは大物の雰囲気が早くも漂い、兄以上の逸材ではないかと言われていたそうだ。

そしてその年末、2000年12月5日の阪神芝2000mの新馬戦で彼はデビュー。ここにはその素質を買われている馬の多くが集うので、ボーンキングやリブロードキャストに続く、アグネスタキオンは3番人気だったものの、レースではライバルを圧倒した。
道中中団よりも少し後ろから3コーナーで前へと進出、4コーナーでは早くも先頭に並びかけ、最後の直線では後続を3馬身半突き放した。残した上がり3ハロンは33秒8。
鞍上のダービージョッキー河内洋が、この時点でダービー馬である兄よりも上だと確信したほどの内容だった。

陣営は、当然のように暮れのラジオたんぱ杯3歳ステークスへと駒を進める。
のちに、伝説となるG3だ。

アグネスタキオンは2番人気。1番人気は新馬、エリカ賞と連勝してきたクロフネ。3番人気に好メンバーの新馬戦を勝ち、札幌3歳ステークスを制してきたジャングルポケット。

アグネスタキオンは新馬を勝ったばかりだった。でも、そんなことは関係なかった。
3、4番手を進むライバル2頭を見ながら、河内アグネスタキオンは進む。そして、4コーナー手前から強気のスパートを仕掛け、そのまま最速上がり34秒1で押し切ってしまう。
アグネスタキオンについていこうとしたクロフネは離されるばかりだし、仕掛けを送らせたジャングルポケットでさえ追いすがれなかった。何しろ、先に仕掛けたタキオンの方が上がりの脚が速いのだから、どうしようもない。

タキオン1


戦前3つ巴だと言われていたレースを、圧勝で飾る。しかも、(この時点ではもちろん分かっていなかったが)相手はのちにNHKマイルカップとジャパンカップダートを勝つクロフネと、ダービーとジャパンカップを勝つジャングルポケットだ。

僕たちは唸った。

その後休養を挟み当たり前のように弥生賞を勝って、無敗で皐月賞を制したその姿を見て、僕たちはフジキセキの衝撃を思い出さずにはいられなかった。

タキオン2


サンデーサイレンスは毎年のように強い子を送り出しながら、未だ3冠を制した馬はいなかった。
フジキセキは無敗で弥生賞を制したものの、無念のリタイヤで皐月賞にすら駒を進められなかった。
でも、タキオンなら。彼こそが、フジキセキに代わり、このまま無敗で3冠を制する馬なのではないか。
SS産駒の強さに慣れ始めていた僕たちにとって、かのフジキセキと比肩し得る初めての存在。アグネスタキオンはそれほどの希望を与えてくれる馬だったのだ。

ただ、彼もまた、ダービーの舞台には立てなかった。その足跡は、悲劇的要素も含めてフジキセキと酷似していた。
左前浅屈腱炎での、早すぎる引退。

彼がターフを去ったその春、NHKマイルカップをクロフネが勝った。ダービーはジャングルポケットが勝った。
ダービーをジャングルポケットが制した際、テレビ解説者は「ジャングルポケットの2馬身先に、アグネスタキオンが走っている姿が見えた」と言った。
秋になり、弥生賞で4着に下したマンハッタンカフェが菊花賞と有馬記念を勝ち、クロフネがジャパンカップダートを圧勝、ジャパンカップはジャングルポケットが制した。
強い世代だった。そして、これら同期のG1馬を相手にしなかったアグネスタキオンこそが、その世代の頂点にいるべきだった。
ライバル馬がG1を勝つ度に、僕の中ではただアグネスタキオンの強さが浮き彫りにされていくだけだった。


アグネスタキオンは、種牡馬になってからもそのポテンシャルを発揮した。
初年度でNHKマイルカップを勝つロジックを送り出し、まだ父サンデーサイレンスは健在だったが、直仔の後継種牡馬の地位は着々と固められつつあった。
コンスタントに活躍馬を出すのはSS系でもフジキセキとアグネスタキオンくらいだったし、その事実もやはりこの2頭こそがサンデーサイレンス産駒でも上位の能力を秘めていたことを示している。

タキオン3


アグネスタキオンは2年目でダイワスカーレットを出し、ディープスカイでダービー馬の父にもなった。
サンデーサイレンス亡き後の、リーディングサイヤーにも輝いた。
そう、これからだったのだ。
ディープインパクトやハーツクライといった後輩のサンデーサイレンス産駒たちと同じ舞台に立ち、SSの血を日本に、世界に広めていかなければならなかった。

だから、11歳という若さでの訃報には、ただ戸惑うばかりだ。呆然とするしかない。

あの、ラジオたんぱ杯の衝撃が、身体中に蘇る。クロフネとジャングルポケットを楽々と突き放したあのレースが、昨日のことのように生々しく、僕の身体と心を揺さぶる。

ダイワスカーレットの恐ろしいまでの強さが、僕の身体には深く沁み込んでいる。

現役中も、父となってからも、アグネスタキオンは僕たちに素晴らしい贈り物を与え続けてくれた。
自身の走りで、引退後のライバルたちの走りで、そして、子供たちの走りで。

今はただそれに感謝して、冥福を祈って、静かに合掌しよう。




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